嵐来たりて

 それはうららかな休日の朝のことだった。
 休日の特権とばかりに本日も惰眠を貪る予定だった俺だが、突然鳴り響いた電話の音に叩き起こされた。
 時計を見れば、もしも今日学校があったとしても遅刻の心配ないがまったくないような時間。
 冗談じゃない。
 はじめは無視を決め込むが、高々と鳴り響く電話の音が家中に反響し、布団に包まっていても耳を突く。
 電話の主が早く出ろ早く出ろと念でも込めているのか、次第にその音が大きくなっていくようにさえ感じられる。
「ああもうっ、わかったよ!」
 出ればいいんだろう出れば。
 小さく舌打ちをしてのそりとベッドから這い出ると、着崩れた寝巻きもそのままに電話に向う。
「はい、河野です」
 精一杯不機嫌が表に出ないよう取り繕いながら、事務的に電話に出る。
『はぁーい、たかりゃん』
 ガチャン
「あっ、やべ」
 受話器の向こうから聞こえたトラブルメイク請負人の声に、反射的につい電話を切ってしまった。
 これまで幾度となく受難に見舞わされた身体が無意識に反応してしまった結果と言えよう。
 さすがにまずかったなぁ。
 まあでも大事な用事ならばまたかけてくるだろうし……。
 うん、あまり気にしないでおこう。
 むしろ今日一日を穏やかに過ごすためにはもうかかってこない方が。
 胸中でそんな算段をするも、間髪入れずに再び電話が鳴り響く。
 ……まあ、当然そうだよな。
 そう簡単に引き下がるような人ではない。
 鳴り続ける電話のコール。
 聞き慣れたはずの電子音も、今はまるでまーりゃん先輩の声にせっつかれているように聞こえてしまう。
 諦め半分、溜め息交じりに受話器を手に取る。
「はい、河野です」
『こらぁーたかりゃん! 何いきなり電話切ってるのさっ。そんな冷たくされると泣くよっ? 喚くよ? いいのかっ?』
「あ、まーりゃん先輩、おはようございます」
『こらこらこらぁっ。なぁに何事もなかったみたいに挨拶くれちゃってんのかね君は。はっ、もしかしてたかりゃんってば今流行のツンデレってヤツ? それなららぶりんまーりゃんにつーい素っ気無くしちゃうのもしょうがないけどぉ〜。あんまり冷たくしすぎてもフラグは立たないんだぞぅ?』
 受話器越しにもなお甘ったるく聞こえるその声は、相も変わらず他人をぶっちぎるテンションの高さだった。
 朝っぱらだろうがお構いなしにいつも通りだなぁ。
 ある意味感心してしまう。
 しかし生憎俺は朝に弱く、起き抜けの頭ではとてもこの勢いについていける気がしない。
 とりあえずさっさと本題を切り出してもらうことにする。
「で、何の用です?」
『まあそう慌てるでないよたかりゃんりゃん。あたしのはにーぼいすに興奮しちゃうのはわかるけど、ちょっとは落ち着きたまえ』
「…………」
 無言で受話器を下ろそうと耳から離す。
『こらぁ! 今度電話切ったらたかりゃんちに乗り込むかんね! たかりゃんの部屋をくまなく漁って愛蔵本全部まーりゃんズらぶりー写真集に摩り替えてやる。覚悟しろよ』
「ああもう、わかりましたよ」
 電話越しにキィンと響く甲高い大声に耳を押さえ、大人しく話を聞くことにする。
 なんで切ろうとしてるのがわかったんだろうとか、そんな写真集あるのかよとかいう至極真っ当な疑問も、まーりゃん先輩が相手では何の意味もない。
『わかればいいのだ、まいすいーとはにー』
「はいはい、それでまいすいーとだーりんはどういったご用件で」
 半ばやけっぱちにノリを合わせてやると、まーりゃん先輩はそれでいいんだとばかりに満足げに受話器の向こううんうんと頷き、機嫌良さそうに話を続ける。
『うむ、実はたかりゃん捜査官に大事な用がある。よって至急駅前まで来られたし。オーケー?』
「何ですか大事な用って」
『それじゃあ待ってるよん。遅れたらお仕置きしちゃうゾ』
 俺の返事も聞かず、最後に可愛らしく一言添えられ一方的に電話は切れた。
 受話器からはツーツーという機械的な音だけが聞こえてくる。
「……はぁ」
 これは行かないわけにはいかない。
 のろのろと受話器を置き、着替えるために自室に向う。
 まーりゃん先輩に振り回されるのはいつものことだが、こんな休みの日にまでというのは珍しい。
 ……もしかして。
 ふと春休み初日のことを思い出す。
 あの時はまーりゃん先輩の計らいで久寿川先輩と出かけることが出来たんだった。
 とすると、今回も……?
 途端に期待が高まり、着替える手も自然と早まる。
 着替えを済ませたら洗面所にいき、顔を洗って歯を磨き、軽く身だしなみを整える。
 朝飯は……すぐに来いって言ってたし、食ってる時間はないか。
「行ってきます」
 誰もいない家に向って声をかける。
 それはまるで家の中での自分と外の自分を切り替えるスイッチのように。
「にしても、まーりゃん先輩もお節介だよなぁ」
 自分の中にある照れくささを発散させるために、わざとそんなことを口にする。
 お節介などと言いながらも、どこか表情が弛んでしまうのだから世話がない。
 先輩を待たせるわけにはいかないし。
 そう考えると自然と歩調も速まっていく。
 気付いたときには、ほとんど駆け足で駅前へと向っていた。

 

「駅前に着いたのはいいけど」
 肩で息をしながら周囲を見渡す。
 一口に駅前と言っても、たったその一言で待ち合わせ場所の指定が出来るほど狭くはない。
 比較的まだ時間も早いからか休みにしては人通りは少ないが、それでもその中からたった一人を見つけ出すのは至難だ。
 走ったせいで風で乱れた髪をさっと軽く手櫛で梳き、改めて辺りをぐるっと見渡してみる。
 しかし探している姿は見当たらない。
 まだ来ていないのか、場所が違ったのか。
 と、探しているものとは違うが見覚えのある頭がとことことこちらに近づいてくるのに気付く。
「おっ、早かったじゃないたかりゃん。もしかして少しでも早く会いたくて走ってきちゃったりして? うむ、感心感心」
 鷹揚な態度で片手を挙げ、てくてくと俺のそばまでやってくるその姿。
「まーりゃん先輩」
「そうだよ、愛しのまーりゃん先輩だよ、ってどったの? きょろきょろしっちゃって」
「いや、久寿川先輩はどこなのかなって……」
「さーりゃん? なんで?」
「いや、なんでって……まだ来てないんですか?」
「まだもなにも、さーりゃんはいないよ」
「…………」
 今日の呼び出しには久寿川先輩は一切関係なしと?
 どうやら俺の勘違いだったということらしい。
「帰ります」
 くるりと踵を変えて歩き出す。
「まあまあ待ちたまえ」
 が、まーりゃん先輩も一筋縄ではいかない相手だった。
 すぐさま腕をがしっと掴まれ、そのまま勢い余って前につんのめってしまう。
「へい、たかりゃん。そりゃあないんじゃないかい? さーりゃんラブなのはわかるけど、そんな冷たくされたらお姉さん泣いちゃうぞ? 知ってるかな、乙女の涙は貴重なのだよ。賠償金請求するぞー」
 別に俺は久寿川先輩ラブだとかじゃ。
 普段ならそう反論の一つもしただろうが、今はそれよりも気になる単語が耳に残った。
 お姉さん……。
 俺よりもはるかに下に位置する頭をじっと見下ろし、その単語を反芻する。
 まーりゃん先輩がお姉さん。
 果たしてここまでミスマッチな組み合わせがあるだろうか。
「むっ、何だねその顔は? おおっと、皆まで言うな。たかりゃんの思っていることは手に取るようにわかってしまうのだ!」
 相変わらず放っておいても一人で勝手に話を進めてしまう人だ。
 ここで口を挟むだけ無駄なので大人しく聞いている。
「ふむふむ、なるほど。どうやらたかりゃんはとても失礼なことを考えていたようだね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。別に俺は失礼なことなんて……」
 まるで本当に俺の考えを読んでしまっていたかのような口ぶりに、確かにちょっと失礼なことを思い浮かべていた俺は焦ってしまう。
 そんな俺の様子を見て、勝ち誇った顔をするまーりゃん先輩。
「そんなたかりゃんには愛の鞭をお見舞いしちゃうぞ」
 にやりと笑うと、まーりゃん先輩は大きく息を吸い、ぴたっとその動きを止める。
 その一瞬後。
「パパーン、捨てないでーっ!」
 俺の腰にタックルよろしく引っ付いてくると、よく通るその声を高らかに響かせてそう叫んだ。
 ざわっとどよめく通行人の皆さんの視線がいっせいに集中する。
「えぇっ!? なっ、ちょっとまーりゃん先輩何をっ」
「これからはもっといい子にするからっ、お願いパパーンっ」
 慌てふためく俺をよそに、一層しがみつく力を強めてわざとらしいまでに騒ぎ立てるまーりゃん先輩。
 無駄に高い演技力を大いに発揮してくれたおかげで、だんだんと周囲のざわめきが大きくなってきた。
 通りすがりに視線をよこすだけだったのが、次第に足を止める人まで現れ、なんだなんだと本格的に注目を集め始める。
 これはものすごくまずい。
「あ、あはは、やだなぁ先輩ったら、こんな往来で演技の練習なんかしたら他の皆さんの迷惑ですよ」
 わざとらしく周囲に聞こえるように大声を張り上げると、すぐさまがばっとまーりゃん先輩の口を押さえ、小脇に抱える。
「むが!?」
「さあ行きましょう先輩」
 先輩、と言う部分を強調して言い捨て、先輩を抱えたまま全速力でその場を後にした。

 

「それで、どういうつもりなんですか?」
 駅前からの退去を余儀なくされ、ヤックに場所を移した俺は席に着くなり不機嫌を隠そうともせず先輩に問いただす。
「たかりゃんってば怒った顔もプリチー」
 まーりゃん先輩は向かいの席から身を乗り出し、ちょんと俺の頬を人差し指でつつく。
「あたっ」
 ぺちんとその指をでこぴんで弾いてやる。
 でもこの場合だとでこじゃないからなんて言うんだ?
 いや、それはともかくとして。
「なーにすんだよー」
「それはこっちの台詞ですよ」
 自分の指をさすっているまーりゃん先輩に向けて語調を強める。
「えー、だってたかりゃんがつれないんだもーん」
 不貞腐れた顔をしてストローを口に咥えるまーりゃん先輩を前に、思わず俺は頭を押さえた。
 今さらだけど、とても年長者とは思えない人だ。
「どしたのたかりゃん、そんなじっと見ちゃって。あ、もしかしてストローじゃなくて俺のを咥えてほしーなーとか考えちゃってたとかとかとか?」
「微塵も考えてません」
 間髪入れずに断言する。
「まあまあ、そう照れなさんな。たかりゃんも若い男なんだし、この萌えのデパートを前にしたんじゃ劣情を抱いてしまうのも仕方のないことだよ」
 俺の言い分なんかなんのその、今日もまーりゃん先輩は絶好調だ。
 この人は自分が若い女だという自覚は絶対にないと思う。
「ほれ、どうよたかりゃん、ムラムラくる?」
 まーりゃん先輩はつつつっと向かいの席から俺の隣へ移動すると、ぴらぴらっとスカートの裾をめくって見せる。
 そのたびに白いふとももがちらちらと視界に入り、慌てて目を逸らす。
「100円くれたらパンツも見せてあげよう」
「いりません!」
 というか自分を安売りしすぎだこの人。
 人並みとまでは贅沢を言わないから、人の一割程度は恥じらいというものを持って欲しい。
「ちぇっ、たかりゃんの不能ー」
「お願いですからそういう単語を遠慮なく大きな声で口にするのはやめてください」
 つまらなそうに元の席に戻るまーりゃん先輩に心の底からお願いする。
 かなり切実だ。
 これっぽっちも人目を憚ろうとしないまーりゃん先輩と一緒にいると、こちらの精神力が磨耗する。
 朝も早いこともあり店内に人が少ないのがせめてもの救いだった。
「もう駅前のことはいいですよ。それで、大事な用って言うのは何なんですか? そろそろ教えてくださいよ」
 朝食代わりにと頼んだセットのハンバーガーの包みを開けながら、まーりゃん先輩に尋ねる。
「うむ、たかりゃん、君に重大な任務を与えよう」
 まーりゃん先輩は途端に真面目な顔に切り替わると、重い雰囲気を醸し出す。
 よほど大切な用事なのだろうか。
 もしかして、久寿川先輩に何かあったとか?
 そのただごとではない様子に思考が先走り、俺もハンバーガーをトレイに置くと、息を呑んでまーりゃん先輩が口を開くのを待つ。
「たかりゃん」
「はい」
「今日はあたしの暇潰しに付き合っておくれ」
「は……はい?」
 つい一瞬頷きかけるが、すぐさま何かおかしなことを言われていることに気付いて首を傾げる。
 見れば先ほどまではきりりと引き締まっていたまーりゃん先輩の表情も、ふてぶてしいまでに弛んでいる。
 真面目な空気は既に微塵も残らぬほど霧散していた。
「……暇潰し?」
「いえーす。いやぁ、実は今日ってば暇で暇でしょうがなかったのだよ、なっはっは。それを紛らわしてもらおうとたかりゃんを呼び出したというわけさ。リアリィ?」
「いや、そのリアリィはむしろこっちの台詞だと思うんですが……」
 本当に英語ダメだなこの人。
 重要任務とやらの中身はまーりゃん先輩の子守?
「帰ります」
「まあ待ちたまえ」
 がたりと席を立つが、それより早くまたも腕を掴まれる。
「相変わらずせっかちだねチミは。そんなんじゃ女の子を満足させられないぞ?」
 俺の腕をしっかと掴んだまーりゃん先輩は得意げな顔をしてちっちっちっと人差し指を小刻みに振って言う。
「ほれほれ、まあハンバーガーでもお食べなさい」
「いかにも自分が奢ってるような言い方しないでください」
 これはれっきとして自分で金を払ったものだ。
 ……確かにこのまま手付かずで帰るのももったいない。
 椅子に座りなおし、ハンバーガーにかぶりつく。
「食べたら帰ります」
「えー、そんなこと言わず遊ぼうよー、どうせたかりゃんだって暇なんだし」
 ……断定形なのか。
 悔しいことに、実際に何の用事もないものだから言い返せない。
 しかし暇なら暇でゆっくりと一日を過ごすというのも立派に有意義な時間の使い方なのだから、まーりゃん先輩の暇潰しに巻き込まないでもらいたい。
「朝起きてもなーんにもやることなくって、朝っぱらからついつい一人でしちゃったりする、そんな寂しい休日をたかりゃんは送りたいのか!?」
「送りませんよそんな休日!」
 どういう目で俺のことを見てるんだ。
「頼むよたかりゃんー。もう寂しい休日は懲り懲りなんだよぅー」
「ってまーりゃん先輩のことなんですか!?」
「あ、今もしかして想像しちゃった?」
「……っ」
 返事はせず、視線も合わせずに無言でハンバーガーを頬張る。
 まだ朝と言ってもいい時間なのに、今日一日に使うエネルギーを既に全部消耗してしまった気分だ。
「今日はあたしのことさーりゃんと思って甘えてくれてちゃってもいいんだぞ」
「俺は別に久寿川先輩に甘えたりしませんて」
 ポテトを齧りながら頬杖をついて溜め息をつく。
 一度まーりゃん先輩の視点からものを見てみたいものだ。
 きっとまったく未知の世界が広がっているに違いない。
「だいたい久寿川先輩と思えって言われても」
 ついっと視線をまーりゃん先輩へ向ける。
「なんだよなんだよ、ダブルメロンがついてないおまえなんか論外だと言わんばかりの目で見やがって」
「ほっぺたにそんだけべっとりケチャップつけて何言ってんですかって目で見てたんですよ」
 ずずーとコーラを啜りながら、改めてまーりゃん先輩を見やる。
 この姿を見て年上と思えというほうが無理な話だよなぁ。
「えー、どこどこー? たかりゃん拭ってー」
 棒読みでそんなことを言いながら、んっと顔を突き出してくるまーりゃん先輩に、無言のままぺいっとトレイの上に乗っていたナプキンを投げ渡してやる。
「むぅ、この一発でフラグの立ちそうな萌えシチュエーションをみすみす逃すとは……。たかりゃん、君はそれでも男かね?」
「どちらかというとまーりゃん先輩の性別の方が疑問です」
「しょうがないなぁ。それならたかりゃんにだけは特別に見せてあげよう」
 まーりゃん先輩は俺に向ってばちんとウィンクすると、するりと上着をはだけ……っておおおい。
「ストップストップ! 何やってんですか!」
「女の子の証拠を見せてあげようかなと思って」
「結構です! っていうかこんなところで脱がないでください!」
「えー、だってぇ、たかりゃん、あたしが可憐な女の子だって証拠を見たいんでしょぉ?」
 肩まではだけた上着をそのままに、甘ったるい声を出して小首をかしげて尋ねるまーりゃん先輩。
 俺のほうは気が気ではなく、ひそひそと小声でまーりゃん先輩を説得にかかる。
 こんなところを見られたら駅前での騒動の非じゃない。
「俺が悪かったですからっ。まーりゃん先輩は可憐な女の子ですっ」
「本当にそう思う?」
「心の底から」
「反省した?」
「海よりも深く」
「欲情しちゃった?」
「いえ、特には」
「たかりゃんはホントにいけずだねぇ」
 それでも俺の慌てっぷりに満足したのか、まーりゃん先輩はごそごそと脱ぎかけた上着を着なおす。
 はぁ、疲れた……。
 果たして今日これまでだけでどれほどのカロリーが無駄に消費させられただろう。
「さてと、ご飯も食べ終わったし……」
 まーりゃん先輩はそこで言葉を切ると、俺の反応を窺うようにちらりと視線を向け、目を細める。
 これだけ振り回されてしまえば、もういまさらだよな。
 どっちにしろ今から帰って二度寝という気分でもない。
 大きく一息つくと、心の中で白旗をあげる。
「……わかりましたよ。今日一日どこへなりともお付き合いします」
「さっすがたかりゃん。話がわかるぅ」
 まーりゃん先輩は腰に手を当てて尊大に笑う。
 ふと、心のどこかで納得する。
 なるほど、この人はこうやって俺たちの学校を引っ張っていったわけなんだな。
 気付けばこうしてこの人に付いていってしまっている自分が何よりの生き証人だった。
 先代会長の手腕を目の当たりし、小さくほぅっと嘆息する。
 まあもっとも、決して真似をしたいとかああなりたいとかは思わないが。
「あ、そうだ」
 突然何かを思いついたようにポンと手を打つと、まーりゃん先輩はすっと懐から携帯を取り出す。
「せっかくだからさーりゃんも呼んであげよう。たかりゃんもそのほうが嬉しかろう。ええい大奮発だ、この際タマちゃんたちも呼んじゃえ。みんなでパァっと騒ごうじゃないか」
「…………」
 それだったら最初から俺を呼び出す必要なんてちっともなかったんじゃないだろうか。
 こうしてこの場にいる理由が瞬間的に失われ、そんな答えの返ってこない疑問が頭の中に沸いて出る。
 今さっき今日はまーりゃん先輩に振り回されてやろうと覚悟を決めたのに、ほんの数秒で台無しにされてしまい、一人やるせない気持ちに苛まれて遠くを眺める。
 ああ、そうか。
 これもまた、振り回される内に入ってるということか。
 みんなを呼び出しているまーりゃん先輩の脳天気な声を意識の端に捉えながら、そんな理屈を振りかざして無理やり自分を納得させようとする。
 まーりゃん先輩と言う天災を前に俺は無力な人間で、出来ることといえばただじっと耐え通り過ぎるのを待つことだけだった。

 

end